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長谷川雄一
代表取締役 · 2026-03-13
AIが普及して、よく聞くようになった言葉がある。「AIに頼めばいい」「ツールがあるから大丈夫」「自動化できる」。それは事実だし、実際に活用すべきだと思っている。ただ、同時に気になっていることがある。
言い訳がしやすい時代になった、ということだ。
AIが使えるようになると、全員が同じ道具を持つ。コードを書く速さ、資料を作る速さ、情報を調べる速さ——これらはどんどん均質化していく。ツールの差で勝てた時代は、終わりに近づいている。
そうなったとき、何で差がつくか。突き詰めると、どれだけ本気でやるか、だと思っている。AI時代に昭和っぽいことを言っているように聞こえるかもしれないが、これは本質の話だ。
AIが同じ道具を全員に配布した結果、「それをどう使うか」「どこまでこだわるか」「諦めずにやり切るか」という部分が、むき出しになってきている。道具の差で隠せていたものが隠せなくなった、とも言える。
AIがコードを書いてくれる時代になった。それは本当に助かる。ただ、AIが書いたコードをそのままマージするのと、ちゃんと読んで、意図を理解して、本当にこれでいいか確認してからマージするのは、まったく違う行為だ。
「AIが出したから」は理由にならない。出力の責任を取るのは、マージした人間だ。設計の悪さ、テストの抜け、セキュリティのリスク——AIはそういうところを見落とす。それを見抜けるかどうかは、エンジニアとしての地力の話であり、地力は意識的に鍛えないと積み上がらない。
「フレームワークがそういう仕様だから」「ライブラリがサポートしていないから」。それが本当に壁なのか、調べ方を変えれば突破できるのかを、ちゃんと確認したか。言い訳を探す前に、もう一手打ったか。そこに、エンジニアとしてのこだわりが出る。
営業でも、マーケでも、PMでも、同じことが起きている。「提案書はAIで作れる」「メールの文章はAIが書いてくれる」「分析もダッシュボードが出してくれる」。ここまでは全員できるようになった。
ただ、その先がある。クライアントの言葉の裏にある本音を読めるか。数字に出ていない現場の温度感を感知できるか。「この提案、本当に刺さるか」を自分の感覚でチェックできるか。これはAIが代わりにやってくれない部分であり、経験と真剣さの積み重ねでしか磨かれない。
忙しいのはわかる。でも「忙しいから」は、ほぼ全員が持っている理由だ。それを言い訳にした瞬間、全員と同じになる。
「こだわりすぎない方が効率的」という話を聞くことがある。たしかに、どこにこだわるかは選ぶべきだ。全部に同じ熱量をかけるのは物理的に無理だし、優先度の判断は必要だ。
ただ、こだわるべきところでこだわらないのは、効率化ではなく手抜きだ。その違いをちゃんと自分で判断できているか、問いたい。「コスパ」という言葉を使って、本当は面倒だから避けているだけ、ということが少なくない。
細部への執着、品質へのこだわり、やり切る力——これらは時間がかかる。すぐに結果が見えない。だからこそ、続けられる人が少ない。だからこそ、差になる。
「自分を律する」というと、精神論に聞こえるかもしれない。でも実態はもっとシンプルで、「言い訳を探す前にもう一手動く習慣を持つ」というだけだ。
その習慣が、積み上がる。「この人に頼むと安心」「この人のアウトプットは信頼できる」という評価は、そういうところから来ている。ツールが平等な時代に、そこだけは平等にならない。
AIが便利になるほど、「自分で考えなくていい」空間が増える。その空間に甘えるか、そこでも自分の頭と意志を動かし続けるか。これは、言われて変わるものではなく、自分で決めることだ。
気合と根性を美化したいわけではない。ただ、それを「古い」と切り捨てて楽な方に流れていくことも、したくない。本気でやる人が報われる環境でいたいし、そういう人と一緒に仕事をしたい。
長谷川雄一
代表取締役 · 2026-03-13
AIが普及して、よく聞くようになった言葉がある。「AIに頼めばいい」「ツールがあるから大丈夫」「自動化できる」。それは事実だし、実際に活用すべきだと思っている。ただ、同時に気になっていることがある。
言い訳がしやすい時代になった、ということだ。
AIが使えるようになると、全員が同じ道具を持つ。コードを書く速さ、資料を作る速さ、情報を調べる速さ——これらはどんどん均質化していく。ツールの差で勝てた時代は、終わりに近づいている。
そうなったとき、何で差がつくか。突き詰めると、どれだけ本気でやるか、だと思っている。AI時代に昭和っぽいことを言っているように聞こえるかもしれないが、これは本質の話だ。
AIが同じ道具を全員に配布した結果、「それをどう使うか」「どこまでこだわるか」「諦めずにやり切るか」という部分が、むき出しになってきている。道具の差で隠せていたものが隠せなくなった、とも言える。
AIがコードを書いてくれる時代になった。それは本当に助かる。ただ、AIが書いたコードをそのままマージするのと、ちゃんと読んで、意図を理解して、本当にこれでいいか確認してからマージするのは、まったく違う行為だ。
「AIが出したから」は理由にならない。出力の責任を取るのは、マージした人間だ。設計の悪さ、テストの抜け、セキュリティのリスク——AIはそういうところを見落とす。それを見抜けるかどうかは、エンジニアとしての地力の話であり、地力は意識的に鍛えないと積み上がらない。
「フレームワークがそういう仕様だから」「ライブラリがサポートしていないから」。それが本当に壁なのか、調べ方を変えれば突破できるのかを、ちゃんと確認したか。言い訳を探す前に、もう一手打ったか。そこに、エンジニアとしてのこだわりが出る。
営業でも、マーケでも、PMでも、同じことが起きている。「提案書はAIで作れる」「メールの文章はAIが書いてくれる」「分析もダッシュボードが出してくれる」。ここまでは全員できるようになった。
ただ、その先がある。クライアントの言葉の裏にある本音を読めるか。数字に出ていない現場の温度感を感知できるか。「この提案、本当に刺さるか」を自分の感覚でチェックできるか。これはAIが代わりにやってくれない部分であり、経験と真剣さの積み重ねでしか磨かれない。
忙しいのはわかる。でも「忙しいから」は、ほぼ全員が持っている理由だ。それを言い訳にした瞬間、全員と同じになる。
「こだわりすぎない方が効率的」という話を聞くことがある。たしかに、どこにこだわるかは選ぶべきだ。全部に同じ熱量をかけるのは物理的に無理だし、優先度の判断は必要だ。
ただ、こだわるべきところでこだわらないのは、効率化ではなく手抜きだ。その違いをちゃんと自分で判断できているか、問いたい。「コスパ」という言葉を使って、本当は面倒だから避けているだけ、ということが少なくない。
細部への執着、品質へのこだわり、やり切る力——これらは時間がかかる。すぐに結果が見えない。だからこそ、続けられる人が少ない。だからこそ、差になる。
「自分を律する」というと、精神論に聞こえるかもしれない。でも実態はもっとシンプルで、「言い訳を探す前にもう一手動く習慣を持つ」というだけだ。
その習慣が、積み上がる。「この人に頼むと安心」「この人のアウトプットは信頼できる」という評価は、そういうところから来ている。ツールが平等な時代に、そこだけは平等にならない。
AIが便利になるほど、「自分で考えなくていい」空間が増える。その空間に甘えるか、そこでも自分の頭と意志を動かし続けるか。これは、言われて変わるものではなく、自分で決めることだ。
気合と根性を美化したいわけではない。ただ、それを「古い」と切り捨てて楽な方に流れていくことも、したくない。本気でやる人が報われる環境でいたいし、そういう人と一緒に仕事をしたい。